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大阪地方裁判所 昭和50年(わ)874号 判決 1975年10月03日

主文

被告人を懲役一年に処する。

但しこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

本件公訴事実中公文書毀棄の点については、被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一、昭和五〇年三月二四日午前五時頃、東大阪市荒川一丁目六一番地先、通称三条通り、交差点を、無灯火の自転車の後部荷台に従弟徐栄植を乗せ対面信号機の標示が赤であるのにこれを無視して走行していたところ、これをたまたま同所を警ら中であつた大阪府布施警察署勤務の巡査部長榎本駿、同巡査筒井隆雄ら制服警察官に現認され、同所六三番地先路上において右両人らから前記信号無視、二人乗り等の道路交通法違反につき職務質問を受け、住所、氏名を訊かれた際、「どこでもええやないか。お前らの知つたことか。」「勝負したろうか。」などと怒号しながら、前記筒井巡査が被告人の住所・氏名を書きとめようと準備して手に持つていた紙ばさみを右手で叩き落し、さらに前記榎本巡査部長の胸部を右手拳で三回殴打する暴行を加え、もつて同人らの前記職務の執行を妨害し、

第二、同年三月二七日午後一一時頃、東大阪市足代新町二丁目一番二号のスナツク「ニユー嵯峨」において、居合わせた高繁(当時三四年)に対し、同人が先頃自己の友人に侮辱を加えたものと軽信して、その後頭部を手拳で数回殴打し、自己のズボンの皮バンド(昭和五〇年押第三一三号の1)を投げつけるなどの暴行を加え、

第三、前同日時場所において、前記皮バンドを打ち当てゝ同店カウンター上に釣るしたシヤンデリヤ一個(高原こと金君子所有、時価約八、五〇〇円相当)を損壊し

たものである。

(証拠の標目)(省略)

(法律の適用)

被告人の判示第一の所為は包括して刑法九五条一項に、判示第二の所為は同法二〇八条、罰金等臨時措置法三条に、判示第三の所為は刑法二六一条、罰金等臨時措置法三条に、それぞれ該当するので、判示各罪につきいずれも所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪なので、同法四七条本文、一〇条により刑期及び犯情の最も重い判示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一年に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して全部これを被告人に負担させることとする。

(無罪の理由)

昭和五〇年四月二八日付起訴状記載の公訴事実第二は、「被告人は昭和五〇年三月二四日午前五時一〇分ごろ、前記(判示第一事実)公務執行妨害の被疑事実につき現行犯人として、前記布施警察署勤務の巡査部長榎本駿、同巡査筒井隆雄らに逮捕せられ、同日午前五時一五分ごろ、東大阪市俊徳町一丁目一八二一番地の七所在の大阪府布施警察署刑事課調室において、同課司法警察員巡査部長島田重賢より被疑事実の要旨及び弁護人を選任し得る旨を告げられ、これに対する供述をしたので、右島田巡査部長において右供述を『一、ただ今いわれたことについて、私は警察官の肩をさわつただけで殴つたことはありません。二、弁護人のことについては、私のよく知つている山田正一弁護士』と弁解録取書に記載したところ、いきなり右弁解録取書をひつたくり、両手で丸めしわくちやにして、床上に投げ棄て、足で踏みつけ、さらに拾い上げて引きちぎり、もつて公務所の用に供する文書を毀棄したものである。」というにある。

しかして島田重賢の検察官に対する供述調書、司法警察員作成の「公務執行妨害被疑者鄭英植に対する弁解録取書の作成不能について」と題する書面及び「公務執行妨害被疑者鄭英植の弁護人選任拒否について」と題する書面、並びに押収にかかる弁解録取書一通(二枚重ね。昭和五〇年押第三一三号の2の1)によれば、右公訴事実記載の日時場所において、被告人が、右公訴事実にあるとおりの経緯状況のもとで、弁解録取書を島田巡査部長の手もとからひつたくり、両手で丸めしわくちやにして、床に投げ棄て、足で踏みつけ、さらに拾い上げて引きちぎつた事実及び右島田巡査部長としては、記載ずみの文言のあとへ「をつけます」と書こうとしていたのであるが、被告人の右行為によりこれを果さなかつたものである事実を認めることができるところ、これらの事実によれば、右弁解録取書は、未だ弁解の録取記載を完了していない未完成のものであるが、かかる程度に未完成の弁解録取書は刑法二五八条にいわゆる公務所の用に供する文書には該当せず、従つてこれを毀損しても同条の罪は成立しないと解するのが相当である(なお、最決昭和三二・一・二九集一一巻一号三二五頁は被疑者、録取者の署名押印のない未完成の弁解録取書も刑法二五八条にいわゆる公務所の用に供する文書に当るとするが、これは司法警察員が弁解の録取記載を完了し、それを読み聞かせ誤の有無を問うたところ被疑者が黙秘したため、司法警察員がその旨の文言の一部を末尾に記載した場合に関するものであつて、本件はこれと事案を異にし、同様には解することができない)。

右のとおりであつて、本公訴事実は犯罪の証明がないことになるから、刑事訴訟法三三六条により被告人に対しこの点につき無罪の言渡をすべきものである(なお、被告人の右毀損行為が刑法二六一条の毀棄罪を構成するとみることにも疑問があるため、訴因変更を促す等の措置はとらなかつたものである)。

よつて主文のとおり判決する。

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